Abstracts - Saeko Kimura

Professor, Tsuda College, Tokyo; Visiting Professor, International Research Center for Japanese Studies, Kyoto, Japan
Saeko Kimura's profile

Reviving Sōseki in the 1970's: Shindo Kaneto's Kokoro

本発表では、新藤兼人監督による1973年公開作品『心』を扱う。本作は、夏目漱石『こころ』を原作としていながら、ほとんど翻案といってもいい内容で、舞台も作品発表時の現代に置き換えられている。もっとも大胆な変更は、原作に「先生と私」「両親と私」「先生と遺書」と三部から成る物語を、先生の遺書のなかで語られるKと奥さんをめぐる恋愛と嫉妬の物語に的をしぼっている点にある。私が出てこないのだから、登場人物たちは奥さんとお嬢さんの下宿に暮らす大学生のまま時を経ることができない。少なくとも私と出会う前までの時間しか描けない。このような制約をあえてもうけることによって、新藤兼人の作品をみることで、新藤作品が原作の『こころ』をどのように読んで解釈したかをみていく。

本発表では、まず人物の名前の入れ換えを問題にし、その効果をみていく。新藤作品において、Kと先生にあたる二人の登場人物は、KはSと呼ばれ、先生にあたる人物がKと呼ばれている。SenseiのイニシャルをSとするならば、ちょうど二人の呼び名は入れ換えてあることになる。またお嬢さんはI子と呼ばれるが、Iは映画には登場しない「私」の代名詞として読むこともできよう。入れ換え可能な人物設定は、原作の物語の流れをずらし、結果として原作とは異なる別の結末の可能性を示すことを可能にする。次に、奥さんの描かれ方をみていく。新藤作品によれば、原作でほのめかされていた奥さんの思惑に焦点化し、奥さんこそが恋愛の鍵となったことが示されている。最後に、現代に物語の設定をおいたことによる効果と自死の意味の変化についてみていく。現代を舞台とすることで明治天皇の死は描けない。したがって殉死を語ることができない。そこで用意された新藤作品のラストシーンについて物語の全体から意味づけていく。